ラジオ stand.fm(音声配信)

ゆるいお話です。
リクエストがあれば、レターお待ちしております。

 

 

note

自由に書き連ねています。
表現することの力は偉大ですね!書くたびに、自分自身を知ります。その分だけ世界を味わえるように。
気付けば深まり、大きくなっている自分に出逢えます。

私は、社会に出てからしばらくの間、求められるものに応えようとするあまり、自分が感じたままに表現をすることができなくなりました。
元々、書くことが好きで、小学校1年生の恩師に指導を受けてから、息を吐くように大量に書いては自分を表現してきました。
書くことは自分の一部で、思えば、書くことでたくさん救われてきました。

年を経て、自己成長や変化の度に、多少の変化はありましたが、言葉や文章、書くことにはずっと触れ続け、そして助けられてきた人生の恩人のようなものです。

しかし、大人になって、うまく表現できなくなりました。
企業で一社会人として鍛えられる中で、いつしか自由に、「感じたことを感じたままに、言葉にする」というプロセスができなくなりました。
書いても、全然おもしろくないのです。
「これ、本当に思ってる?」「良いこと書こうとしてる」「誰の目を気にして、何のために書いてるの?」
読んでも、全然おもしろくありません。

息を吐くように書けなくなったことは、7歳から「生活の一部」としてあった存在を失ったようでした。

書いても書いても、堂々巡り。
もがきながら、しばらく、距離を置きました。
そうして、一定期間、自己表現を封印していましたが、ここ数年で、やっと解き放たれてきました。

今でも、時折、「自分らしくないな」と感じることもあるけれど、最近は一日に1回は自分とつながり、集中して、あふれでるように、内なるものを言葉にできる事が増え、それだけでとっても満たされます。ゾーンに入って、周りは静止していて、時間の流れを感じないのです。

書くことって、とても深いのです。

そして、わたしたち人間の力になってくれます。

だからこそ痛感しています。
表現の持つ力、人間に与えてくれるものを。

表現するのとしないのとでは、気付きの量も、成長、深化、進化、神化の度合い・ペースが愕然に違うんですよね。

人間にはそもそも表現欲求があります。
それは、表現をすることで、「よりよく生きることができる(より深く、広く、この世界を知り、味わえます)」「より自分を生きることができる」からなのだと思っています。

あなたにとって一番心地よい表現手段=授かったギフトです!
自由に、伸びやかにどんどん表現しましょう!Let’s 表現!

 

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ひらめき、インスピレーションを、その場で出しています。
統一性ゼロですが、その瞬間を刻んでいます。

 

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おりてきた事を、そのまま。ラフ書きです。(笑)
料理なしの、もっとも野生に近い状態です。